大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(行ツ)125号 判決

東京都港区浜松町二丁目八番九号

上告人

三協貿易株式会社

右代表者代表取締役

木村朝生

右訴訟代理人弁護士

鎌田俊正

東京都港区芝五丁目八番一号

被上告人

芝税務署長 深谷和夫

右指定代理人

植田和男

右当事者間の東京高等裁判所昭和六〇年(行コ)第六六号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和六一年四月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鎌田俊正の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例の趣旨に抵触するところもない。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高島益郎 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 四ツ谷巖)

(昭和六一年(行ツ)第一二五号 上告人 三協貿易株式会社)

上告代理人鎌田俊正の上告理由

第一点 原判決はつぎの点で法人税法一三〇条二項の解釈適用を誤り判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反(民事訴訟法三九四条)があると共に理由不備、理由そご(民事訴訟法三九五条一項六号))の違法がある。

一 本件更正の通知書の附記されている更正の理由は

『貴法人は、港区芝公園二―四―一所在の通称日活アパート二〇九、二一二、二一四及び二一五号室からの立ち退きに際し、貸主である秀和株式会社との間に、いずれも昭和五五年一月三一日付で覚書及び金銭消費貸借契約書を作成し、〈1〉立退料一五、〇〇〇、〇〇〇円とし、同額の小切手を受領し、これを雑収入に計上し、〈2〉貴法人が新築するビルについて秀和株式会社の責任において三七、二二〇、〇〇〇円値引をさせることとして額面一五、〇〇〇、〇〇〇円の小切手及び額面二二、二二〇、〇〇〇円、支払期日を昭和五六年一月三一日とする約束手形一通を受領することによってこれに見合う三七、二二〇、〇〇〇円を収入し、このうち小切手の分一五、〇〇〇、〇〇〇円は借入金とし、約束手形の分の二二、二二〇、〇〇〇円は帳簿に記載せず〈3〉同ビルの一部を、新築後に秀和株式会社に対し、家賃月額三九〇、〇〇〇円、保証金一〇、〇〇〇、〇〇〇円及び四年分の家賃一八、七二〇、〇〇〇円の合計二七、七二〇、〇〇〇円と同額の小切手を受領し、これを預かりに計上しています。しかしながら、これらの書類は当事者の真意に基づいて作成されたものとは認められず、真意は立ち退き料を八〇、九四〇、〇〇〇円とすることにあったと認められますので、その全額が当期の収益となります。従って貴法人が雑収入に計上した一五、〇〇〇、〇〇〇円を除く六五、九四〇、〇〇〇円が雑収入計上もれとなっていますので加算します。』

原判決は右更正の附記理由について『原告の帳簿の記載に信ぴょう性がないことを、挙示引用の資料自体によって明らかにし、帳簿不記載の値引き保証金二、二二二万円を含む頭書の六五九四万円の授受と本件立ち退きとの対価的牽連性を右各資料中にも明示されている事実から経験則によって推認した趣旨を記載したものと解することができる。そうであるとすれば、被控訴人としては、右のような内容の逐一検証することができるのであるから、その判断の慎重、合理性を確保するという点について欠けるところはなく、右の程度の記載でも課税庁の恣意を抑制するという理由附記制度の趣旨、目的を損なうことはないというべきであり、また本件更正の理由の記載は、理由附記制度のもう一つの趣旨、目的である不服申立の便宜という面からの要請に対しても、必要な材料を提供するものということができるのであって、前記のような内容を有する本件更正の理由附記は、法人税法一三〇条二項の要求する最小限度の要件は具備している』と判示する。

しかし法人税法一三〇条二項における更正の理由附記制度の趣旨、その附記すべき理由の程度等については昭和三八年五月三一日第二小法廷判決(民集一七巻四号六一七頁)同年一二月二七日第二小法廷判決(民集一七巻一二号一八七一頁)昭和四七年一二月五日第三二小法廷判決(民集三〇巻二号六四頁)によって

(イ) 法が更正通知書に更正の理由を附記すべきものとしているのは法が青色申告制度を採用して、青色申告にかかる所得の計算についてはそれが法廷の帳簿組織による正当な記載に基づくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがないことを納税者に保障した趣旨にかんがみ、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を御制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与える趣旨に出たものであること、

(ロ) したがって、帳簿書類の記載を否認して更正をする場合において更正通知書に附記すべき更正の理由としては、単に更正にかかる勘定科目とその金額を示すだけではなく、そのような更正をした根拠を帳簿書類の記載以上に真ぴょう力のある資料を適示することによって具体的に明示することを要すること、

(ハ) しかも、更正の理由は、更正通知書の記載自体において前述の程度に記載されていることを要し、納税者がこれを推知できると否とはかかわりのない問題であること、

(ニ) また、更正の理由附記不備の瑕疵は、後日審査裁決等において処分の具体的根拠が明らかにされたとしても、それにより治癒されるものではないこと、

が明らかにされ、判例理論として定着するに至っており原判決の右判示はこれに反している。

右の判例理論を前提として原判決をみてみると本件更正は帳簿書類の記載を信用できないとして更正する場合であるからその帳簿書類の記載以上に真ぴょう力のある資料を摘示して処分根拠を示すことが必要である。

ところが本件更正通知書の更正の理由には、何ら帳簿書類の記載以上に真ぴょう力のある認定資料の摘示は全くない。上告人の帳簿の記載の基礎資料となったものは更正の理由に記載されている各文書(以下本件文書という)であり帳簿の記載と本件文書の記載は全く照応する。

本件更正通知書には『これらの書類(本件文書)は当事者の真意に基づいて作成されたものとは認められず真意は立退料を八〇九四万円とすることにあったと認められる』とあるのみでなぜ本件文書が真意に基づいて作成されたものと認められないのか、つまり本件文書がなぜ信用できないのか、即ち帳簿の記載がなぜ信用できないのかについて帳簿書類の記載以上に真ぴょう力のある資料の摘示は全くないのである。

この点において原判決の判示は前記判例に反するものといわなければならない。

二、原判決は第一審判決が理由中で述べる。

『附記すべき理由は単に更正にかかる勘定科目とその金額を示すだけではなくそのような更正を根拠づける資料を摘示することによって具体的に明示することを要する』との判断について第一審判決の理由説示と同一であるとして引用しているのでこの判断を容認している。

しかし更正通知書の更正の理由にはなんら更正を根拠づける資料の摘示がなされていないのであるから原判決の理由には不備、そこがあるといわなければならない。

三、原判決が『本件更正の理由附記は法人税一三〇条二頁の最小限度の要件は具備している』とする理由説示は甚だ難解であるが『原告の帳簿の記載に真ぴょう性がないことは本文書自体で明らかであることと六五九四万円の授受と本件立ち退きとの対価的牽連性は本件文書に明示されている事実から経験則によって推認した趣旨を記載したもの』としているので更正を根拠づける資料としては本件文書と経験則で充分という風に解される。

しかし原判決の右の説示は理由不備である。

本件文書の内容は原告の帳簿の記載と全く合致しているので本件文書が真ぴょう性がないということは原告の帳簿の記載に真ぴょう性がないということのトートロジイにすぎないからである。

本件文書をいくら熟読しても文書自体から文書の内容(つまり原告の帳簿の記載)に真ぴょう性がないと判断することは到底無理である。

本件文書中の一五〇〇万円の貸金についての無利息で担保の約定もされていないことは異例であるから真ぴょう性がなく立退料であるとの経験則は成立たない。

法形式と経済的目的が必ず一致しなければならないという経験則は存在しないからである。(代物弁済予約を売買予約として登記する場合の如し。又高額の保証金の授受を無利息の貸金の形式で処理することも又預託金の形式で処理することもいずれも可能である)

又貸ビル完成前に前受家賃及び保証金の差入がなされているからといってかかる差入れは虚偽表示で立退料であるとの経験則も存在しない。

原判決が引用する第一審判決は原告の貸ビルは授受当時建築の成否未定というけれどもそれは結果から見た見方であり原告も秀和も昭和五五年一月三一日の授受当時は関ハツの土地はほぼ一〇〇パーセント原告が取得できると判断していたことは証拠上明らかであるからして少なくも当事者の主観においては断じて建築の成否未定ではなかったのであるから前受家賃保証金の前払があり得ないということはできない。

更に六五九四万円の授受と本件立退きとの対価的牽連性についても金銭の授受と立退きの間の対価的牽連性と一口にいっても一般に世の中の出来事はすべて原因結果の連鎖であり牽連性のない事象はないし又双務契約でも片務契約でも経済的社会的な意味で対価のない契約はあり得ないから賃借人が立退きに際し受取る金員はすべて対価的牽連性があるといえばいえないことはないが立退料は税法上は雑収入として所得に計上されるべきものである以上、賃借人が立退きに際し受取る金員の中にも立退料として計上さるべきものとそうでないものはあるわけで六五九四万円が立退料であるとの経験則は存在しない。

結局本件更正の理由は一見詳細なようであるけれでども中味は『原告の帳簿のつまり本件文書記載は真ぴょう性がなく立退きの際に授受されたものであるから立退料と認めます』というのにつきる。

そして原告の帳簿即ち本件文書は真ぴょう性なしとすることを根拠づける資料は経験則ということではあるが、その経験則の中味は実は解釈推認想像にすぎないのである。

又原判決は『本件更正の理由の内容の記載によって非控訴人としては本件更正における自己の判断過程を逐一検証することができるのであるからその判断の慎重合理性を確保することについて欠けるところはない』とするのが判断の慎重合理性を確保するためにこそ更正をした根拠を帳簿書類の記載以上に真ぴょう力のある資料の摘示により具体的に明示することが要求されているのであって更正処分庁が自己の判断過程を逐一検証することができるからといってその判断過程が単なる思いこみ想像推測であるならば更正処分庁が逐一検証して慎重であるとの自己満足は得られてもその判断の客観的合理性が確保されるとはいえない。

以上要するに本件更正通知書に理由附記不備の瑕疵はないとする原判決には法人税法一三〇条二項の解釈適用を誤り判決に影響をおよぼすこと明らかな法令の違背や理由不備理由そごの違法があるといわなければならない。

第二点

原判決は上告人が雑収入となるべき立退料六五九四万円を隠ぺいしたものとの第一審判決の認定を正当と認定したがつぎに述べるように、原判決は右認定とは相いれない裁判上の和解調書(甲第四号証)と秀和の修正申告(甲第五号証)を排斥するについて首肯するに足る理由を示していないので理由不備の違法があり又右認定は検証の法則に違反している。

一、原判決は裁判上の和解は和解成立時における一定の法律関係を確定する効力を有するにすぎずこれによって過去に生起した事実が起こらなかったことになるものではないとの一般論を述べるにすぎず和解調書の内容を排斥するについて首肯するに足る理由を示さない本件更正の理由は本件文書は当事者の真意に基づかないものつまり通謀虚偽表示であるというのである。しかし右裁判上の和解調書はその作成につき真正性が認定される以上その内容は信用することができるとするのが経験則に合しもしその内容を信用することができない特別の事情があるのであればその特段の事情を明らかにすべきでありその排斥する理由を判示しないのは理由不備となる(大判大一〇・七・一八民録二七巻一三五〇頁、大判昭一六・九・二〇法学十一巻四二三頁)。

しかも秀和は裁判上の和解調書に対して昭和五九年一月二六日に修正申告をした事実は原判決も認める(甲第五号証)ところであるから尚のこと特段の事情のないかぎり裁判上の和解調書の内容は信用されてよい。なるほど裁判上の和解成立時における一定の法律関係を確定する効力を有するとはいえこのばあい同時に過去に生起した法律関係を、確定する効力を認めることも一向に差支えない。本件文書が真意に基づくか否かはひとえに当事者の意思いかんにかかわることであり本件文書は当事者が裁判上の和解において真意に基づくものと確定している以上この裁判上和解自体が通謀虚偽表示というならば格別そのような特段の事情は何ら明らかにされていないのであるから裁判上の和解調書の内容は信用さるべきであり更に秀和において自ら不利益となる修正申告をしていることは裁判上の和解調書の内容が信用できる証左とうべきである。裁判上の和解調書を排斥するということはこれが通謀虚偽表示であるからとの理由に基づくほかないから過去に生起した事実自体が起こらなかったことになるものではない、との一般論で裁判上の和解調書を排斥することは理由不備といわなければならない。

二、上告人が秀和と本件文書を作成した昭和五五年一月三一日においては秀和が紹介した関ハツの土地の取得は当事者間では確実視されていたことは証拠上明らかでありこれに反する証拠は全くないが原判決はこの点を無視しておりこれは立退料の心証の妨げとなる証拠は一切無視するという採証法則違反である。

関ハツの土地は上告人が貸ビルを含む自社ビル建設を予定した土地である。自社ビルを建てる以上建築費が安く仕上がる方法を講じ又自社ビル完成時までに確実なテナントを確保する方法を講ずることは常識的経験則といってよい。

建築費を安くする方法として秀和が指定する(この点も原判決は無視している)請負業者に上告人が発注しなければならないものとし秀和は建築費の内三七二二万円の値引きを保証するものとし、この値引きが骨抜きにならないようにするため秀和の指定する見積工事費は、上告人が選定した他の請負業者の見積り工事費を上回らないものとすることを定めると共に(甲第一号証)三七二二万円の値引きの保証として二二二二万円の支払期日一年後の約束手形と同じく返済期を一年後とする金銭消費貸借契約書(甲第二号証)が作成されたこれらの事実も常識的経験法則といってよい。しかるに原判決はこの約束手形の支払期日が一年後であるという重要な事実を無視(保証の趣旨であるから支払期日が一年後になっているのでこれが立退料の趣旨ならばなぜ一年後としたのかの説示が必要である)するのみならず秀和の水野良勝証人の『この三七二二万円は秀和が値引分三七二二万円を保証する趣旨であり昭和五五年一月三一日の段階では三七二二万円は立退料として現実化していない』(同人第二回調書二丁)との証言も無視しておりこれらは立退料の心証の妨げとなる証拠は一切無視するというもので採証法則違反である。

原判決は自社ビルの建築成否が未定であるのに多額の家賃前払及び保証金差入をするのは真意と認めがたいとなすが自社ビルの建築が出来なかったのは関ハツの土地が昭和五五年八月に他に売却されたためでこれは後発的事情にすぎず昭和五五年一月三一日の時点では上告人も秀和も関ハツの土地の取得は確実視されていたことは証拠上明らかで(水野良勝調書第一回三一丁)あり上告人は秀和の指定する請負業者に工事を発注しなければならない(甲第一号証)とされていたから当事者間では自社ビルの建築は成否未定ではなかったのである。従って秀和の思惑はべつとして上告人としてはテナントの確保のために賃貸借の予約を結び家賃保証金の前払をなさしめること(甲第一号)も決して不自然ではない。しかも賃貸借の予約をしても万一の不履行にそなえて違約条項(甲第一号証)を設けることも常識的経験法則に合する。

その上に本件文書が当事者間の真意に基づくものであることについては裁判上の和解調書(甲第四号)が作成されているのである。ところが原判決の認定はこれら立退料の心証妨げとなる証拠を一切無視し矛盾するところ、足らざるところは証拠に基づかない解釈推認想像で補うものであって、かかる認定は経験則違反、採証法則違反といわなければならない。

以上

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